池田真奈美さん(仮名) 40代女性
背景:看護師。初めての妊娠。その妊娠後、パートナーはパニック障害を克服するため遠く離れた場所で住みこみで働くことになった。
実家は遠く一人で妊婦生活をこなしていた。
藤さんのマッサージを受けたのはまだ8月頭の夏真っ盛りの頃です。妊娠8ヶ月目に突入していましたが仕事は続けていてかなりハードに毎日を送っていました。看護師という仕事柄、忙しい日は昼の休憩が全くとれなく何も食べない状態で働かざるをえない日もありました。毎日果物やトマトなど何も調理しなくても食べられるものを食べて9時〜10時には眠ってしまう毎日を送っていました。しかし、つわりが激しかった事とお腹が大きくなるに従って家事が思うようにできなくなってきた事を除けばほとんど問題のない妊婦生活を送っていました。そんなある日、たまたま私の好きな女優&歌手のツイッターを読んでいて、その人のお気に入りの欄に藤五郎太さんのツイッターを見つけました。まず始めに彼のツイッターを全部読み、ブログを読み、ホームページを読みました。「この人、何だろう?」と思ったのが一番初めの感想です。とりたてて体調が悪くなかったもののちょっとした興味と好奇心から藤さんにコンタクトを取ってみました。
初めに30分無料のカウンセリングを受けました。その時ざっくりと今回の妊娠に至った経緯を話しました。30分経過して藤さんに「まだ話足りないですか? ここでお帰りになれば無料ですけどいかがですか」と聞かれ、話足りない自分がいました。それでサービスを延長し、自分の心の中に蓋をしていた事柄を話し始めました。その後、藤さんの哲学・瞑想の話を聞き、その日は最後に藤さんと一緒に瞑想して帰りました。
それから一週間後、今度は藤さんと一緒に瞑想してマッサージを施術してもらいました。その日は足のマッサージとお腹の赤ちゃんに感謝を送るマッサージでした。マッサージは殆ど力が入っていないのではないかと思うぐらいソフトなものでしたが、BGMに流れているエンヤの音楽との相乗効果も相まって思わずうつらうつらと眠ってしまいそうな感じの中気が付いたら、その朦朧とした脳で色んな事柄に思いを馳せている自分がいました。エンヤの音楽に出会ったのは19歳の大学生の頃だったなあとか、私は毎日随分疲れていたんだなあとか、ストレスが溜まっているなあとか、殆ど断片的な思考が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返していました。
マッサージも終盤に差し掛かってきた頃、自分の目尻にうっすらと涙が滲んでいました。胸のあたりがじんわりと何かとても温かいものに包まれていました。
その日の帰りはとても眠たくて、もう電車の中で立ったまま眠ってしまうのではないかと思うくらいの睡魔に襲われ、その日は久しぶりに物凄く深く眠った事を覚えています。翌朝は日曜日でしたが目覚めた時のスッキリ感が全く普段の日と比べものにならないくらい違いました。
その日を境に私の中の感受性がムリヤリ開かされてしまったような気がします。
人は生きて行く為に多かれ少なかれ嫌な事を我慢して仕事に日々従事していると思います。冷静になって考えてみれば人は皆、生活の為の奴隷になっていると言っても過言ではないと思います。働くとは何ぞやという命題はモラトリアム人間の一生の課題だから、働きながらその答えを見つけていくという解答に無理矢理持って行って自分を社会不適合にならないようにコントロールしていた自分を発見しました。
それからは自分の中でイヤだなあとか不快だなあと感じていた事柄が感情として次々浮上してきました。その感情じっくり見つめてしまうと、もう毎日を普通に送れなくなってしまう感情−子供が「王様は裸だ」と叫ぶにも似た−本当の気持ち。五感が冴えわたって来ると物事の本質がより鮮明に明確に見えてきます。自分でも薄々感じていても見えない振りをして生きてきた事柄に必然的に目を向けざるをえなくなる事柄が日に日に増えてきました。
9月に入り産休になりました。そしてマタニティブルー状態に陥りました。兎に角眠くて眠くて昼も夜も延々と眠り続け家事も炊事もほとんど出来なくなってしまいました。このままではいけないと思うのですが、どうにもこうにも体が全く言うことを聞いてくれません。
そこには気持ちがドーンと沈んでいる自分がいました。鬱について仕事柄勉強もしていました。が、あの苦しみはやはり体験してみないと病状や症状に共感をもてないものだという事を改めて認識しました。本当に自殺も考えました。
9月14日に37週の妊婦健診に行き、子宮口はまだ広く開いていないし、子供も下がってきていないのでこれから出産予定日まで積極的に体を動かして下さいとの指導を受けました。前回の検診時にマタニティーブルーと下痢になっている事は主治医には相談していました。この下痢が曲者で大腸菌が上がってくると羊膜を溶かしてしまい、前期破水といって母子共に危険な状態となります。
今回下痢の方は大分治まっていました。しかし、その2日後に前期破水を起こしてしまい、緊急入院となりました。その日の夜までに陣痛が始まらなければ最悪は帝王切開というお話を伺いました。
帝王切開であればパートナーまたは家族のサインが必要になります。パートナーはパニック障害を克服するために千葉に住み込みで働きに行っておりました。パートナーからは数日前からパニックの発作をお越し病院を受診しているという話を聞いていたので必要以上の心配は掛けまいと連絡は控えておりましたが、やむを得ずメールしまた。
ほどなくしてパートナーから電話がかかってきました。パートナーは生まれて40数年一度も泣いた記憶がないというのにこの時は電話から嗚咽が聞こえるほど泣きながら傍についてあげられないことを詫びていました。謝る彼に私のほうが胸が詰まると同時に彼が泣けたことが彼にとって良い方向にくのではと思いました。そして自分は大丈夫だから今日はあなたはゆっくり休むようにと電話を切りました。すると今まで抱えていたパートナーへの不満や不信感が帳消しになるような温かいものが私の胸に広がっていきました。そしてじんわり私の眼にも涙にじんでいました。
幸いその夜に陣痛が起きて翌日正午に無事に自然分娩で出産できました。出産の痛みは想像を絶するものでありました。自分の体がバラバラに砕け散るのではないかという痛みでした。この痛みを何度も繰り返している母達を素直に尊敬してしまいます。
出産まで一睡もできず、出産後も食事もほとんど摂れなかったのですが、不思議と心は元気で奇妙な高揚感に包まれていて、翌朝も4時頃にはもう目覚めていました。それまでのうつうつとしたものがまるで霧が晴れたように無くなっていました。何故か無性に朝日が見たくなってテラスへ出て思いっきり体一杯に朝の日の光を浴びました。心の底から感謝の気持ちが湧いてきて太陽に向かってアマテラスオオミカミへ感謝していました。妊娠後、心がザワツイタとき二回ほど東京大神宮にアマテラスオオミカミにお参りしていたのです。
今回思いがけず妊娠して、藤さんのサービスを受け自分の人間としての器とか底辺をハッキリ見させられた気がします。そしてまた、自分が本心から望む人生・生活を改めて考える良い機会になりました。
今は授乳に追われる毎日です。あまり仲の良くなかった実家の母が遠くからきてくれました。思いのほかの母の優しさにふれました。相変わらず親子喧嘩しながらも生まれてきてくれた子供に二人で感謝しながら関わっている時間が何とも愛おしいです。
出産から二週間経ちました。秋の気配になった風と太陽をほほに受けながら、道行く親子連れを微笑ましく眺めながら、私の中で育っていく母性を感じます。母性というものはある日突然目覚めるものではなく、毎日の丁寧な積み重ねの中から生まれてくる感情なのではないかなあと考える今日このごろです。
最後になりましたが、出会って間もないクライアントに親身になって対応下さった藤五郎太さんに心より感謝いたします。
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